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ナースほど誇れる仕事はありません

ナースダイアリー・超忙しい看護師のひとりごと

死ぬということ~通夜の説法仏の世界

叔父が亡くなりお通夜に参列してきました。民間の葬儀ホールでのお式でしたが、菩提寺のご住職が読経を終えた後、会葬者に説法を。

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お通夜での説法

お通夜や告別式に参列して、説法を受けたのは初めてです。ちょっと驚きましたが説法の内容がとてもわかり易く、心にすっと入ってきたのでこれはぜひ記録として残したい。と思ったのですが…

とっさのことでスマホで録音もできず、頭の中のメモ帳も、書き留める前に忘れてしまいました。もう一度ご住職にお会いして説法を受けたい、と思っているほどです。

 

誕生から死まで、神社仏閣との関わり

一般的な日本人は、生まれたときは神社にお参りにいき、結婚式は、キリスト教教会(神社仏閣)、死んだときにはお寺さんとの関わりが多く、諸外国のように一つの宗教を生涯信心する、というわけではありません。その為なくなった場合、一般的に執り行われる葬儀についての知識が、あやふやであることも多いです。かくいう私もその部類。

お通夜の本来の姿

説法の内容で、微かに覚えているのは、戒名の由来(これは教えてくださる御導師様が多いようです)、通夜、葬送の儀(葬儀)、初七日、四十九日等々の意味など、仏教徒なら基本の基とも言える内容ですが、恥ずかしながら今まで深い意味もなく耳にし、口にしてきたこれらの言葉の意味をきちんと知ることができました。

 

通夜、とは言葉通り、夜を通してご遺体を闇に潜む邪気などから守るため、灯をともし、お線香を絶やさないようにすること。しかし、昨今のお通夜は午後6時~7時くらいまで、その後10時くらいまで見守った後は翌日までそばにはいられないことが多いです。

今回の式場は控室で泊まれるそうですが、珍しいケースでは、と思います。本来の意味での通夜ができるわけですが、消防法の関係で、ろうそくの灯、お線香は不可とのこと。照明で明るくして邪気を寄せ付けないようにするのだそうです。

小学生の頃のお通夜の真実

そう言えば、昔おばがなくなったときの事を思い出しました。おばの実家は地方のお寺でしたので、お通夜のあとおばと同じ部屋で寝たのでした。小学生頃のことでしたが、子供が、なくなった方と同じ部屋で、しかもお寺で寝る、というのは怖いと思うでしょう?

その晩は、まめに起きて、お線香を絶やすことはありませんでした。しかし、その訳は…

実はおばが亡くなったのは夏でした。棺桶の中にはドライアイスが入っていましたが、やはり時間の経過とともに「ニオイ」がしてくるわけです。それをお線香で紛らわせようと一生懸命だったわけですね。

 

ろうそくの灯で明るく照らし、お線香を絶やさずに邪気を寄せ付けない。そのような意味がお通夜にあることなど、何も知らなかったわけですが、必要に迫られたとは言え、子供ながらにおばを守っていたのだ、と思いたい。

彼岸(あの世)で仏になるまで

葬儀がすみ、初七日、二七日(になのか)、三七日(みなのか)と7日毎の区切りが7回、四十九日で亡くなられた方が彼岸、仏の世界に入られるのだそうです。それまでの間、あの世の入り口まで行っては、この世の縁者のもとに帰ってくる、を繰り返していると言ったようなお話でした。

ご縁

親しい方や身内と、葬儀を通してのお別れは何度も経験しています。肉体の死と、故人の魂などにについて思いをはせることはありますが、この世からあの世へと旅立つ過程について、仏の教えとして考えることは、今までありませんでした。

今回お会いしたご住職と、喪主一家とのご縁は、20数年前お母様(私の叔母)が亡くなって以来とのことでしたが、法要の度に説法されるそうです。良いご縁をいただいていると感じました。

自身の父母は健在ですが、いずれは迎えるときのための心構えを、お話ししていただいたように感じております。

死ぬということ、肉親の死、親しい友人の死、知人の死、何らかのかかわりのあった方の死。そして自身の死。誰にでも訪れることです。死ぬということを改めて考えさせられた夜でした。

説法でエラく感心した話を知人にしたところ、昨今では、葬儀の段取りに「説法つき」というメニューもあるのだとか…なんだかねえ。

 

人が死ぬということ

単語を覚えているだけで、内容自体はかなりうろ覚えですから、実際の説法の内容とはかけ離れているかもしれません。

ご住職の説法が、仏の教えの中では本当に基本的なこと、入り口のお話なのかなあ、と思いますが、一度はきちんとお聞きしてみたい、と思ったお通夜でした。

看護師にとって人が死ぬということは

人が死ぬということには、個人との関わり具合によっても、様々な感情がわきあがってくるものです。看護師は、他の方よりはるかに人の死と向き合うことが多い仕事です。

新人看護師の頃は、患者さんの死と向き合うのが怖く、辞めたいと思うことも少なくありません。そこを皆乗り越え患者さんの死を受け止めていくようになります。

あまりにも多くの死と向き合うことで、死に直面したときに、通常なら自然に溢れ出る感情ではなく、生物学的な捉え方をしてしまうこともあるでしょう。

しかし、患者さんとの日々を思い出し、看護師ならではの思いもあることは、紛れもない事実です。

 

まとめ

お通夜に参列し、ご住職の説法に心打たれるものがあり、言葉は足りませんが記憶に残しておきたいと思う出来事でした。これも何かのご縁。死ぬということについて、別の角度からも考えて見たいと思います。

「ナースのひとりごと」~今日も1ページ