なんでも美味しく食べられるのは健康の証です。逆にしっかり噛めないと、食事を楽しめないばかりか、健康面にも様々な影響があることがわかっています。噛む力を鍛える方法、噛む力が健康に大切な理由をお伝えします。
噛む力の低下
噛む、ということは食べ物が口に入ると半ば無意識に起こります。噛む力の異変に気づくのは、口の中に何らかのトラブルが合ったり、噛めなくなって好きなものを諦めた場合などでしょう。自分は大丈夫、と思っていても、実は噛む力の低下に気づいていないだけかもしれません。
あごを動かす筋肉(咀嚼筋)は、たくさん食べたからと言って疲れることは少ないと言われています。咀嚼筋(そしゃくきん)は心臓の筋肉に近い、疲れにくい筋肉だからです。食べ物を咀嚼するということは、生命の維持に関わることなので、簡単には疲れない仕組みになっています。
しかし、他の筋肉と同じように、年齢とともに衰えていき、気づかなくても噛む力は徐々に低下していきます。更に食生活の変化で噛む回数が減ったことも噛む力の低下につながっています。
また、歯を失うと噛む力は大きく低下するので、自分の歯をできるだけ失わないことも大事です。
以下では、よく噛むためのポイント、噛むために歯の健康を守る、噛むことで得られる健康効果についてお伝えしています。
よく噛む習慣をつける
よく噛む、ということは、強く噛むのではなく、噛む回数を増やすということです。噛み方や食べ方を見直す、食材や調理法を工夫して噛む回数を増やすようにしましょう。良く噛むために注意したいポイントを簡単にまとめます。
噛み方のポイント4つ
ゆっくりと一口30回
よく噛むためには、まず噛むことを意識します。普通は無意識で咀嚼していますが、意識すれば噛む回数やスピードを自分でコントロールできます。
噛むときのポイントは
- ゆっくり大きく顎を動かすこと
- 一口につき30回噛む
- 一口で約30秒
これだけ良く噛めば、唾液も十分分泌されます。
20分かけて食べる
1食にかける時間は20分を目安にします。ただ一人で黙々と食べると、どんなによく噛んでも20分も持たないかもしれません。
家族や友人などと楽しく会話しながら、ゆっくりとるのが理想です。落ち着いて食べられるような雰囲気作りも大切です。
食べ物を飲み物で流し込まない
お茶などの水分でよく噛まずに飲み込むと、唾液中の消化酵素の働きが弱まったり、脳が「水分は足りている」と意識して唾液が分泌されにくくなります。
食べ物は、できるだけ唾液の水分だけで混ぜ合わせて、飲み込むようにしましょう。
噛ませるメニュー
噛みごたえのないものを30回も噛むのはなかなか難しい。噛む回数が自然と増えてしまう料理を取り入れましょう。
噛ませる料理のポイント6つ
噛みごたえのある食材を使う
硬いもの、食物繊維の多いもの、弾力性のあるものを上手に取り入れましょう
大きめに切る
いつもより少し大きめに切るようにすると、自然と噛む回数が増やせます
加熱時間を工夫する
魚は加熱すると硬くなります。肉は最初は硬くなりますが、長時間煮込むと柔らかくなります。野菜は加熱するほど柔らかくなりますが、かさが減るので量が食べられます。食事全体の噛みごたえのバランスを見て、加熱時間を工夫します。
薄味
薄味だと、脳はその味をよく知ろうとしてもっと噛むように指示を出します。素材そのものの味を生かす調理法にしましょう。
食材を組み合わせる
2種類以上の食材を組み合わせると、食感が複雑になります。すると脳がそれぞれの食感の違いを感じ取ろうとするので、よく噛むようになります。
無理をせず長く続ける
噛むことを意識しすぎて、無理に硬いものを食べたりするのはおすすめできません。歯や顎の調子が悪いときには、かみやすい食事にすることも必要です。自分に合った方法で、少しずつよく噛む習慣をつけていきましょう。
噛みごたえのある食材
硬いもの |
ごま |
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食付繊維の多いもの |
たけのこ |
弾力性のあるもの |
油揚げ |
硬いものだけでなく、柔らかくても噛み切りにくいものも積極的に取り入れることがポイントです。
▶ひと手間かけて噛む回数を増やす例:レトルトカレー
単品 8回 →しめじと舞茸をプラス 17回→根菜類をプラス 20回→シーフードをプラス 24回
歯の健康を守る
噛む力を保つためには、自分の歯をできるだけ失わないことが大事です。奥歯の中で一番大きな第一大臼歯を1本失うと、噛む力(咬合力(こうごうりょく))は約半分に低下すると言われています。
義歯を入れても、自分の歯で噛む本来の力には及びません。歯の健康を守るため、毎日の歯磨きに加えて、半年から1年に1回は歯科でチェックを受けましょう。
歯を失ってしまった場合は、義歯を入れてよく噛める状態を保つことが大切です。2~3ヶ月に1度は受診して、かみ合わせなどを細かく調整してもらいましょう。
歯が噛み合う時間と片側噛み
上下の歯が噛み合う(接触する)時間が長くなるほど、歯の摩耗や破損、咬合違和感や顎関節症などが起こりやすくなります。歯の接触時間の合計は、1日平均17分半ほどで、約9分が食事中の咀嚼による歯の接触、残りは唾液を飲み込んだり、歯を合わせることによって起こります。
重いものを持つ時、緊張しているときなど、無意識のうちに歯を食いしばっています。歯や顎の健康のために、食いしばりに気づいたら、すぐに顎の力を抜くようにしましょう。
片側噛み
どちらか片側の歯だけで噛む癖のある人は少なくありません。利き手や利き足と同じく、自然に身につくものと考えられています。
片側噛みは歯にかかる力が左右で違ってくるので良くないと思われがちですが、片側だけで噛んでいても、咀嚼に関わる筋肉や顎の関節は左右両方とも動いています。
もちろん左右の歯でバランス良く噛むことが理想ですが、片側噛みをそれほど気にすることはありません。
ただし、歯や顎の痛み、かみ合わせの異常、歯並びの悪さなどが原因で片側噛みをしている場合は、きちんと治療を受けることた大切です。
美味しさは味より歯ごたえ
美味しさを感じる要素には、味、色、香りなど色々ありますが、食感が決め手になると言われます。
食べ物が歯や口腔内の粘膜に与える刺激によって得られるのが食感で、歯ごたえ、舌触り、のど越しなどと表現されることもあります。噛んだときに歯が受ける刺激が、美味しさを決める大きな要素になるということです。
また、味の1つである旨味は奥歯で細かくすりつぶすほどよく出ると言われます。食べ物の微量な美味しさを感じ取るという点でも、噛むことはとても大切です。
よく噛むことと健康効果
「よく噛んでたべなさい」子供の頃によく言われた記憶があるでしょう。では、良く噛むと、健康にどんな影響があるのでしょうか。
- 天然の薬、唾液がよく出る
- 肥満を予防する
- 脳の血流が良くなる
- 発音や表情が良くなる
などの健康効果がもたらされます。
唾液の8つの働き
噛むということは、食べ物を噛み砕いたり、すりつぶしたりするためだけに噛んでいるのではありません。噛むことにより唾液腺を刺激して、唾液の分泌を促しています。
唾液には、健康を支える天然の薬とも言えるほどの大切な働きがいくつもあります。良く噛む、つまり噛む回数を多くすることは、唾液の分泌量を増やし、唾液の働きを高める効果があります。
唾液には以下の8つの働きがあります。
- 消化を促進する
- のみこみやすくする
- 食べ物の味を引き出す
- 口の中をキレイにする
- 細菌の増殖を抑える
- 粘膜を保護する
- 虫歯を防ぐ
- 発音しやすくする
消化を促進する
デンプンを麦芽糖に分解する消化酵素「唾液アミラーゼ」が唾液には含まれています。ご飯やパンなどデンプンを含む食品はよく噛むほど分解されやすく、胃腸での消化吸収が良くなります。
のみこみやすくする
咀嚼で細かく砕かれた食べ物は、十分な唾液と混ざりあうことで、飲み込みやすいドロドロの塊(食塊)になります。唾液が不足すると食べ物がひとかたまりになりにくいので、なかなか飲み込めず、食事に時間がかかるようになります。
食べ物の味を引き出す
舌の表面にある味蕾という感覚器官で食べ物の味を感じます。しかし、ただ舌の上に食べ物を置くだけでは味はわかりません。唾液の中に味を感じさせる物質が溶け出すことで初めて味蕾に取り込まれ、味として認識されます。唾液の分泌が低下すると味がわかりにくくなるので、食事が美味しくなくなります。
口の中をキレイにする
唾液は1日に1~1.5㍑ほどで、食事をしていないときも少しずつ分泌されています。分泌された唾液は口の中を流れながら、歯や舌の表面に付いた食べ物のかすや細菌などを洗い流します。唾液の分泌量が少ないと、口の中に汚れや細菌が溜まりやすく、口臭の原因にもなります。
細菌の増殖を抑える
唾液には抗菌作用のあるリゾチームやラクトフェリンなどの物質が含まれていて、これらの働きにより口の中の細菌の増殖が押さえられ、様々な細菌感染を防いでいます。
粘膜を保護する
唾液には粘着性があり、口の中の粘膜を覆って保護しています。これにより口の中が乾燥したり、食べ物や義歯などの刺激で粘膜が傷ついたりするのを防いでいます。唾液の粘着作用は、入れ歯を安定させるのにも役立っています。
虫歯を防ぐ
食事で口の中は酸性に傾きます。酸は歯の表面のエネメル室を溶かし(脱灰)虫歯の芽を作りますが、唾液の中の重炭酸塩やリン酸塩などが酸を中和し、食後30~40分程度で元の状態に戻ります。脱灰した部分は、唾液中に溶け出たエナメル質の成分を使って修復されます(再石灰化)。こうした働きにより、虫歯を防いでいます。
発音しやすくする
口の中が唾液で適度に潤っていると、下や頬、口唇などの動きがなめらかになるので、言葉をはっきりとスムーズに発音できます。唾液の分泌量が少ないと口の中が乾き、喋りにくくなります。
唾液が出にくいのは薬の影響?
唾液が出にくく口が乾くと言う悩みを特に高齢者からよく聞きます。唾液が出にくくなるのは老化現象の1つですが、急に口が乾いて食べにくい、話しにくいと言った支障が起こる場合、まず疑われるのが薬の影響です。
風邪薬、胃腸薬、高血圧の薬など、高齢者が使うことも多い様々な薬で、唾液が出にくくなる副作用が見られます。また、口呼吸やストレス、代謝異常などの様々な病気でも口の乾きが起こることがあります。
唾液が出にくいと感じたら、一度医療機関で相談することをお勧めします。
肥満を予防する
ゆっくりと良く噛んで食べることは食べ過ぎを防ぎ、肥満を予防するのにとても有効です。
食べたものが胃や腸で分解されて血糖値が上昇すると、脳の満腹中枢が刺激され、満腹感が生じて食欲が抑制されます。
満腹中枢に刺激が届くには、食べ始めてから20分ほどかかると言われており、時間をかけて食べる、つまりゆっくりとよく噛んで食べることが、肥満を防ぐポイントとなります。
よく噛まずに早食いをすると、満腹中枢に刺激が届く前に食べすぎてしまい、肥満を招きやすくなります。
脳の血流が良くなる
食事で味覚や食感など様々な情報が脳を刺激します。また、咀嚼筋が反復運動をするので脳の血液量が増えることがわかっています。
こうしたことから、よく噛むことは脳を活性化させ、記憶力や集中力などを高める効果があると考えられます。
発音や表情が良くなる
口の周りには小さな筋肉がたくさんあり、食べたり話たりするときの口の動きを作っています。
良く噛むとこれらの筋肉が自然に鍛えられるので、口の動きが良くなり、言葉をはっきり発音できるようになります。
また、顔の筋肉も同時に鍛えられるので顔を引き締まったり、表情が豊かになったりする効果も期待できます。
まとめ
8020運動、ご存知ですか。平成元年(1989年)に厚生省(当時)と日本歯科医師会が提唱して開始された80歳になっても自分の歯を20本以上残そうという運動です。
自分の歯が20本以上残っている人の咀嚼状況は良好、硬いものも満足に噛めることがわかっています。
噛む力は健康に大きく関わります。老化だけでなく食生活の変化でも噛む力は低下するので、噛む力を意識して鍛え、食べ物を美味しくいただき、健康で長生きしたいですね。
参考:8020運動とは e-ヘルスネット /www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/teeth/h-01-003.html
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