加齢により免疫機能など体の防衛機能が低下している高齢者は、かぜなど感染症にかかりやすく、複数の持病で何種類も服薬していることが多いのも高齢者の特徴です。今回は漢方医学の考え方、漢方による高齢者のかぜの対処をお伝えします。
広がる漢方治療
現在は漢方による治療を行う漢方外来や漢方内科などを設ける医療機関も増えています。
漢方専門医の資格を持つ医師もいますが、専門医でなくても多くの医師が診察に漢方薬を使っています*。
2002年からは、すべての医学部のカリキュラムにも漢方医学が含まれるようになっています。
漢方医学による治療は、
- 西洋医学的な検査では異常が見つからないが、不調がありつらい
- 西洋医学的な治療では十分な満足が得られない
などの場合に選択肢の1つとして考えられます。
*日経メディカル開発「漢方薬使用実態調査及び漢方医学教育に関する意識調査2012」によれば、全体の80%以上の医師が日常の診察に漢方薬を用いると回答しています。
高齢者のかぜの特徴と漢方
高齢者は、ウイルスや細菌などの病原体が体内に侵入したときに、を守る免疫機能などの防御機能が加齢とともに低下しているので、かぜ(かぜ症候群)などの感染症にかかりやすい状態となっています。
さらに体力も低下、何らかの基礎疾患(持病)を持っていることが多く、一人で複数の基礎疾患を持っていることも少なくありません。
その結果いったんかぜをひくとなかなか治りにくく、重症化して肺炎などを併発してしまうこともあります。ぶり返したり、くりかえしかぜをひくことも。
高齢者のかぜの特徴
- 症状が現れにくい
- 重症化しやすい
- 長引きやすく、回復に時間がかかる
などの特徴があります。
症状が現れにくい
かぜの典型的な症状、発熱や咳などが現れにくいことがある。「食欲がない」「元気がない」「ぼーっとしている」などいつもと「何となく違う」症状だけのこともよくあり、見逃さないことが大切。
かぜを引いても熱が出ないことがよくあるのは、発熱物質を作る機能が衰えているためです。
熱が出るメカニズム
かぜの原因となるウイルス感染が引き金となり、「サイトカン」と総称される色々な発熱物質が体内で作られ、脳の視床下部にある体温調節中枢が刺激されて体温が上昇することにより起こる。
重症化しやすい
高齢者は気道の働きが弱くなっているので、痰がたまっても咳で体外に出しにくいことがある。その結果ウイルスなどの病原体が気道の奥へ侵入し、気管支炎や肺炎などを併発しやすくなる
長引きやすく、回復に時間がかかる
免疫機能や体力の低下、基礎疾患などの影響の他にも栄養状態が良くない場合も多く、炎症を起こした気道の粘膜が、元のように回復するまでに時間がかかる
漢方医学と西洋医学の薬の処方
西洋医学では病気ごとに異なった薬が処方されるので、複数の持病があると飲む薬の種類が多くなりがちです。
そのため飲み忘れや飲み違いなどの問題も起きやすく、薬の飲み合わせなどにも十分注意しなければいけません。
その上でかぜの対処には、発熱、せき、痰などの症状に対して、解熱剤、咳止め、去痰薬などが対処療法的に使われます。
一方、漢方医学では、一つ一つの病気ではなく、その人に起こっている症状をすべて観察して、病気に対する体の反応(抵抗力)を見て診断し、最もふさわしいと考えられる漢方薬を処方します。
漢方の診断
漢方医学の治療では、漢方特有の概念に基づき患者さんの状態や症状を診断します。代表的な概念のうち、かぜの診断に関連が深いのは「虚実」と「陰陽」です。
虚実
体力や症状の激しさの状態を示す。体力がない虚弱な状態を「虚」、比較的体力がありそうな状態を「実」と判断する
陰陽
発熱や悪寒と言った熱の状態を示す 熱に支配された状態を「陽」、寒さに支配された状態を「陰」と判断する
漢方では診断名を「証」といい、病気に対する抵抗力の大きさと病気の経過を示します。
かぜの状態を虚実、陰陽で表すと
もともと体力が低下している高齢者や、若い人でも疲労が蓄積しているような場合にかぜをひくと、寒気が主体で、症状があまり激しくない、「陰」「虚」の状態を示すことが少なくありません。
虚実で表す場合
- 実証 症状が激しい
- 虚証 それほど症状は激しくない
陰陽で表す場合
- 陽証(熱証)
体力があり、病気に対する反応が強い場合
新陳代謝が活発で、比較的高い熱が出ている状態(通常のかぜでは一般的な状態) - 陰証(寒証)
体力が失われ、新陳代謝が低下して十分な体温が保てない状態
あっても微熱程度、悪寒、寒気が主体
一般に病気が進行するに連れ、陽証から陰症に移行します。
ひきはじめに使われる主な漢方薬
陽で実の場合
- 麻黄湯(まおうとう) 頭痛、関節痛、腰痛、せきなどの症状がある場合
- 葛根湯(かっこんとう) 症状が激しくなく、頭痛、肩や首の後ろのこわばりが目立つ場合
陽で虚の場合
- 桂枝湯(けいしとう)
代表的な処方。皮膚が汗ばみ症状があまり激しくない場合 - 小青竜湯(しょうせいりゅうとう)
どちらかと言うと虚の状態で、水様の鼻水、くしゃみ、咳などを伴う場合
陰の場合
- 麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)
体力がない高齢者の風によくもちいられる。悪寒、寒気が主体で喉の痛みや咳などがある場合
長びくかぜに使われる漢方薬の例
一般的にかぜは、休養や栄養を十分にとり適切な治療を受ければ、時間の経過とともに良くなっていきますが、微熱や咳などの症状が1週間以上たっても続く場合があります。
漢方医学では症状に変化が見られた場合は、漢方薬の処方も変更するのが原則です。ひきはじめの頃と症状が変化しているので、別の漢方薬が処方されます。
痰や咳
麦門冬湯(ばくもんどうとう)
痰の切れにくいせきや喉の乾燥感が主な症状になってきた場合
微熱、食欲不振
- 補中益気湯(ほちゅうえっきとう)
微熱が取れず、食欲不振や疲労倦怠感が見だってきた場合
悪寒など
- 麻黄附子細辛湯
悪寒が主体で、喉の痛みや咳が見られるようになった場合
漢方薬の特徴と副作用
- 西洋薬 主に科学的に合成されたもので、多くが単一成分でできている
- 漢方薬 薬効のある植物や動物、鉱物などから作られた生薬を組み合わせて使う
1つの漢方薬は、基本的に2種類以上の生薬で構成されています。例えば
- 八味地黄丸 8種類
- 人参湯 4種類
の生薬が含まれています。
生薬は200種類異常ありますが、多くは植物由来のものです。1つの生薬には多くの成分が含まれています。
複数の生薬を組み合わせた漢方薬には、無数の成分が含まれ、多彩な作用や効果を発揮します。
現在使われている漢方薬には、主に煎じ薬とエキス剤の2種類があります。
煎じ薬
生薬を細かく刻み、一定の割合で混ぜて煎じたもので、液体を飲みます
エキス剤
生薬を煎じた液体を濃縮・乾燥させて顆粒状などにしたものです。通常1回分ずつ包装されています
副作用
漢方薬には副作用がないと思われがちなのですが、起こることはあります。麻黄という生薬には注意が必要です。
麻黄は咳や痛みを鎮める作用がありかぜに使われますが、麻黄に含まれる「エフェドリン」という成分には、交感神経刺激作用、中枢神経興奮作用があります。
そのため「頻脈、動悸、血圧上昇、発汗過多、排尿障害、興奮、不眠」などの副作用が起こる場合もあります。高齢者や持病のある人は、医師の診断を受けて処方してもらってください。
*かぜによく処方される漢方薬で、麻黄が含まれているもの
麻黄湯、葛根湯、小青竜湯、麻黄附子細辛湯
インフルエンザと漢方
インフルエンザは原則的に西洋薬の「抗インフルエンザウイルス薬」を第一に考え、医療機関を受診してください。
漢方では、インフルエンザのような症状には麻黄湯などの処方が、古くから用いられています。
「証」を考慮した適切な処方による治療が有効な場合も多いと思われますが、現状では臨床研究は不十分です。
参考: 漢方専門医はこちらで検索できます。(://www.jsom.or.jp/jsom_splist/listTop.do)
漢方専門医検索 日本東洋医学会
まとめ~漢方の希望は担当医に相談してみよう
免疫力が低下している高齢者はかぜ(風邪症候群)などの感染症にかかりやすく、また体力の低下などから複数の持病を持っていることも少なくありません。
西洋医学ではそれぞれの病気に薬を処方するので、多くの種類の服薬で飲み忘れや飲み間違いなどの問題も起きやすい。胃の負担をかるくするため、胃薬が追加されることも多いです。
漢方は体の状態や症状から、最もふさわしいと考えられる漢方薬が処方されます。使う薬は、1種類か多くても2,3種類です。
漢方専門医でなくても、漢方薬を用いる医師も増えていますので、希望がある場合など担当医に相談してみると良いでしょう。
漢方の診断や漢方薬の使い方については、こちらでもご紹介しています。
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