健康と日々の徒然~Anのひとりごと

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産婦人科医は絶滅危惧種?救急車の「たらい回し」は受け入れ困難

産婦人科医は絶滅危惧種と言われています。「たらいまわし」事件のように、搬送先がなかなかきまらずに、妊婦や胎児が死亡するケースなどから、日本の産科がかかえる問題とは。

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産婦人科医不足とたらい回し

現在では日本のお産は母子ともに、世界で最も安全な国の一つで、10万人の妊婦に対し死亡者は3.8人、死亡率は3.8%(2011年)と大変低い。

一方でたらい回し事件で浮き彫りになった産婦人科医の不足、分娩施設の激変、妊婦健診の未受診者増、ハイリスク分娩の増加、医療訴訟の増加などなどもあります。 

絶滅危惧種、とまで言われる産科の崩壊を防ぐためには、医師不足の解消や分娩施設の確保などの対策も重要ですが、医療訴訟問題への対応や、妊婦自身の健康管理への自覚を促すことも、必要な時代となってきています。

救急車のたらいまわしが起こる原因

マスコミでは「たらい回し」と騒ぎ立てますが、その言葉には語弊があります。「拒否」や「たらい回し」という言葉や表現はそれだけで、全体の状況を歪めています。(以下、「たらい回し」の表現は、便宜的なものです) 

搬送先がなかなか見つからないのは、搬送依頼をした病院が、受け入れを拒否しているのではなく、「受け入れ困難」のため、受け入れができない状態なのです。 

また、救急車は受け入れ先を探して走り回りません。搬送先が決まるまで出発しないのです。 

受け入れ困難のケースには、妊婦健診の未受診、高齢出産などのハイリスク出産が増えているのも、要因となっています。

 

妊婦のたらい回し問題の発端とも言える事件

奈良県大淀町立大淀病院事件

2006年8月7日に奈良県大淀町の町立大淀病院で出産中だった32歳の女性が脳出血をおこし、転送先の病院で出産後に死亡した事件。及び約2か月後にそれを「スクープ」した毎日新聞の報道をうけて巻き起こった社会的議論、混乱のこと。

出典: Wikipedia

 

妊婦健診の未受診による受け入れ困難

信じられないことですが、妊娠に気付かず出産が始まってから、緊急搬送される人もいます。妊娠7ヶ月目くらいになっても、生理が止まっていることに気づかない人もいる。 

一方で事情があって、妊婦健診を受けられない妊婦も存在する、という問題もあります。 

理由はなんであれ、妊婦健診を一度も受けていないと、母体や赤ちゃんの情報はまったくないし、胎児が何週目なのかもわかりません。 

出産直前に緊急搬送される妊婦の受け入れは、責任が持てず、病院側にとって大変リスクが大きい。 

さらに、かかりつけの産科医がいない、いわゆる飛び込みの出産は、出産費用を払わないケースが後をたたず、中には赤ちゃんを置いて消えてしまう妊婦もいる。

 

医療訴訟の可能性

救急隊の「少し出血があります」という情報で受け入れてみたところ、実際は胎盤が剥がれてきて(常位胎盤早期剥離)、赤ちゃんが死にかけているケースも多いのです。 

この場合、病院にNICU(新生児集中治療室)がないと診られないし、母体もICU(集中治療)が必要な場合もあります。 

こういった事態に対応できないと、受け入れ困難です。そうでなくても忙しい。現場には余裕がなく、受け入れた挙句に母児に何かが有れば、医療訴訟を起こされる可能性もあります。

医師の力ではどうしようも無いことまで、医療ミスと訴えられ、有罪となったケースもあります。

 

妊婦健診の重要性

妊婦健診を定期的に受信していれば、万一急に産気づいたりしてもかかりつけ医で受け入れ、緊急搬送されても、母児ともに十分な情報が把握できているので、すぐに対応できます。 

妊婦の定期検診は、妊娠が正常に進んでいることを確認、妊婦の悩みの相談や異常があった場合に早期発見し、治療を開始するという目的のほかにも、重要な働きをしているのです。

 

ハイリスク分娩

ハイリスク分娩が増えて低体重児の出産も増えています。 

低体重の赤ちゃんは、NICUに入院しますが、入院期間が長引くケースが多く、全国の周産期センターや病院のNICUは、いつも満症状態で、救急の妊産婦の受け入れ困難の大きな原因の一つとなっています。 

母体や赤ちゃんの死亡率や早産で赤ちゃんが障害を持つ率も減りましたが、早産そのものは増えていて、超早産(26週未満で生まれる)は約2倍、超低体重出生児(1000g以下)は約30倍。

また、35歳以上の高齢出産も増えており、年齢が高くなるほど流産や早産をしやすくなり、赤ちゃんに障害が起こる可能性も増える。 

近年明らかになってきた、高血圧、心疾患、血液疾患など、脳出血による妊婦死亡のリスクも高まります。

 

絶滅危惧種、産婦人科医

日本の医師の数はOECD(経済協力開発機構)の平均にはるかに及ばないのは、既に問題とされていますが、特に産婦人科の医師不足は深刻な状況です。 

たらい回しには、様々な問題が提起されていますが、近隣に妊婦を受け入れられる産婦人科や分娩施設がなくて、遠方まで搬送しなくてはならないのも要因です。

この背景には、産婦人科医師不足から、分娩施設が激変している状況もあります。東京でも地域の基幹病院が産科医療から撤退していて、例えば静岡県は10年間で約半減しています。

 

産婦人科医の不足

産婦人科医を目指す医師の減少や現場を離れる医師が増えています。また医師免許を取得しても、約3分の1は5年以内に非常勤やパート勤務への意向を希望したりしています。 

若い世代では女性医師が多いのですが、10年後には約半数がお産を取り扱っていません。開業の産科医は高齢化が進んでいる…

 

避けられない事故に医療訴訟のリスク

2006年2月に医師法違反で逮捕された産婦人科医がいます。福島県立大野病院の事件です。 

全力を尽くして治療をした結果、大量出血で妊婦が死亡した医療事故ですが、この逮捕に関しては全国の産婦人科医や医師から不当、との声があがり、その後あちこちで産科医が不足し始めて、診療を注した病院が相次ぎました。 

全力を挙げて尽くしたのに、医療訴訟を起こされ、逮捕までされてしまった。という事実が、産科医のなり手を減らす原因となったと言える事件です。

 

若い医師が魅力を感じない現場

母体死亡のリスクは、医師の力ではどうしようも無いことがあります。しかし刑事罰を受けるリスクがある。 

世界一安全な日本の産科医療は、皮肉にも母体死亡をなくすことができないからと、逮捕されるような医療現場にもなっている。若い医師が魅力を感じるわけはありません。

 

医療訴訟に繋がる死亡原因

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羊水寒栓(そくせん)・DIC

母体死亡の原因で増えている羊水寒栓・DICという病気は、正常分娩でも起こり、あっという間に死に至る病態です。

この病気で母体が死亡し、「輸血が遅かった」「高次医療への搬送が遅かった」と裁判で医師の過失が問われています。

 

増加する脳内出血

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近年増えているのが、産科以外の原因での死亡。妊婦の死亡原因で脳内出血が多いのです。高血圧、心疾患、血液疾患などです。

脳内出血が起きてしまったら、産科や新生児科の高度施設である必要はなく、脳外科手術ができるところへ一刻も早く運ぶ必要がある。

 一般の救急と周産期の情報の一元化が、重要といえます。

 

劣悪な労働環境

お産は24時間365日、休みなくあります。医師定数と医師不足で産科はいつでも人手不足。週2回は連続36時間以上の長時間労働や、緊急手術なども多く、休みも取れないことも多い。

さらに何か問題が起こると、すぐに刑事被告人にされてしまう可能性も。

一歩間違えば逮捕・勾留される可能性があるような危険な産科医療の現場から、離れていく医師を責めることはできません。

 

参考: 2007年、当時の舛添厚労相が産科医不足問題について述べた時の記事です。 

「勤務環境が非常に悪い。報酬面で見てあげないと、医者が不足し、なり手がいなくなるので、(待遇改善を)やりたい」と述べ、産科医を診療報酬で優遇する考えを示した。都内で記者団に語った。

 

産科医は過酷な勤務体制や、医療事故の訴訟リスクが高いことなどから、減少が続いており、産科を閉鎖する病院も相次いでいる。今後、厚労相の諮問機関である中央社会保険医療協議会に、産科に報酬を重点的に加算するよう諮問する予定だ。

出典: 読売新聞 2007年9月8日

 

参考: 周産期センターの設置について

1999年に厚生省(元厚労省)は全都道府県に周産期センターを設置する通達を出しました。

大量出血やその他のハイリスクの妊産婦を受け入れて治療、母体死亡を減らして、同時に新生児のNICU(新生児集中治療室)を整備し、母子ともに分娩の安全性を高めようとしました。 

産科学の進歩や、おそらく総合周産期母子医療センターの整備も功を奏して、ずいぶん母親の命が救えるようになっていました。

しかし、産婦人科医の減少や、産科事態の閉鎖、また妊婦の死亡原因が産科的な原因に限らず、脳出血が死因の第一位となっていると言った状況への対応も必要です。

 

まとめ~たらい回しが浮き彫りにしたもの

救急搬送の妊婦の受け入れ困難(たらい回し)には、様々な要因があります。 

産婦人科医の不足、分娩施設の閉鎖、救急の受け入れ困難な状況、訴訟のリスク、さらに事情はどうであれ、かかりつけ医のいない妊婦の存在。 

また、脳出血による母体死亡の増加もあり、周産期ネットワークと脳外科の空きを示すネットワークの連結などを挙げる医師もいる。

もはや絶滅危惧種、とまで言われる産科、産婦人科医の減少を食い止めるために、関係機関や医師、妊婦などが出来ることを、それぞれ考える必要があります。

表出典: 妊産婦死亡報告事業 妊産婦死亡146例の解析結果 

     日本産婦人科医会2014年9月

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